最近は朝やお昼のニュースなんかでも同性婚について取り上げることが多くなってきましたね。10年前にはおよそ考えられなかった状況ですので、とても嬉しく思います。テレビでもいわゆるオネエタレントを見ない日はないくらいですし、そういった場での活躍も理解の助長に一役買っているのかもしれません。

ただ、もちろん諸手を上げて賛成というわけではありません。今回の調査ではあくまでも「他人が同性婚することについて」は賛成が過半数を上回りました。しかし、これが「友人が同性愛者だった場合、抵抗を感じるか」という質問に対しては53%……つまり、今度は逆に過半数のひとが抵抗を感じると答える結果になっています。

同性婚「賛成」過半数も抵抗感 初の意識調査

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同性愛や性同一性障害などLGBTの人たちをどう思うかを調べた初めての意識調査の結果が28日発表され、同性どうしの結婚に「賛成する」と答えた人が全体の過半数に上る一方、友人が同性愛者だったら「抵抗がある」と答えた人が半数を超え、社会的にはLGBTの存在を認めつつも、身近な存在としては抵抗感を感じているという実態が浮き彫りになりました。
この調査は国立社会保障・人口問題研究所などの研究グループがことし3月に行ったもので、すべての都道府県の、20歳から79歳の男女1259人から回答を得ました。
それによりますと、同性どうしの結婚を法律で認めることをどう思うか尋ねたところ、「賛成」または「やや賛成」と答えた人は過半数の51.1%となりました。
一方、友人が同性愛者だった場合、「抵抗がある」と答えた人の割合は、男性の同性愛者だった場合が53.2%、女性の同性愛者だった場合も50.4%と、いずれも、半数を超えました。
また、職場の同僚が同性愛者だった場合、40代の男性管理職で、「嫌だ」と答えた人が71.5%に上りました。
調査を行った国立社会保障・人口問題研究所の釜野さおり室長は、「社会的・制度的にはLGBTの存在を認めつつも、身近な存在としては抵抗感を感じているという実態が浮き彫りになった。職場でも、まだ偏見があることも分かり、特に管理職の意識改革が必要だ」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151128/k10010322671000.html

この調査結果はかなり世相を反映している信頼に足る結果だと思われます。実際、私たちが感じている空気のそれに近いですからね。

「同性愛?まあ好きにやればいいんじゃないかな。でも身の回りの人にそういう人がいて関与してきたら嫌だなあ」

というのが多くの一般市民の感覚ではないでしょうか。同性愛について認めるといえば聞こえはいいのですが、自分に関与しないかぎりは遠い世界の話のことなので興味がないという人も多いと思います。積極的に認めるというよりは、なんかみんな認めてるみたいだし、それに反対したらなんか時代遅れで頭かたそうに思われちゃいそうだから賛成しとこっと!というノリで賛成をした人も少なからずいることでしょう。

キリスト教圏の欧米諸国が許容しはじめた流れ

ただ、もはや世界的な流れとして同性愛を許容する文化ができ始めていることは確かです。なにせキリスト教の影響をいまもなお深く色濃く受けている欧米諸国が率先して引っ張っていっているくらいなのですから。

御存知の通り、キリスト教における同性愛というのは性的な逸脱であり、宗教上の罪であるとされてきました。日本人ではあまり想像がつかないかもしれませんが、欧米にとっては宗教観というのをハッキリ持っているひとが多いです。

敬虔なクリスチャンであれば結婚前の性的交渉はしてはいけないこと、と貞操をしっかりと守っている人は今もたくさんいるのですから。キリスト教の経典であるところの聖書にはきっちりと同性愛は罪であると記されています。

他にも聖書に罪であると記載されていることはたくさんあるのですが、細かい部分までをすべて拾えば完全に罪を冒さないことは無理なのではないか?といえるくらいに多岐にわたる罪があります。

たとえば、反抗的な態度は罪である、という記述さえあるそうです。生まれてこの方反抗的な態度を一度もとったことがない人、というのはかなり稀なことでしょう。でも、ノーマルな人にとっては同性愛の罪だけは絶対に破ったことがない、と胸を張って言える項目のひとつでもあるのです。

だからこそ、自分は罪を犯していない敬虔なクリスチャンである、という後ろ盾をえるために同性愛の罪をことさらに引き合いに出されてしまい、迫害される傾向が強かったという一面もあるんですね。

そんな同性愛に対して厳格な態度をとっていたキリスト教ですらいまは同性愛を認めるべきである、という流れが加速しています。もちろん、ひとくちにキリスト教といってもカトリックとプロテスタントで大きく2つに分かれていますし、細かい教派や分離して独立した宗教も含めればさまざまではあるのですが、全体的に許容傾向にあるのは確かです。

日本においてキリスト教の影響はごくごく薄いのですが、あるいみ欧米崇拝主義のような考え方が浸透していますからね。どういうものかといえば、欧米が行うことはすべて先進的であり見習うべきである、という考え方です。

同性愛を認めないことは遅れててダサい、という文化

日本人には欧米に代表される白人系の人種に対してはなぜか畏敬の念をもってしまい、逆に中国や東南アジアの人たちにたいしてはどこか見下して馬鹿にしてしまう風潮があると思います。

元をたどれば福沢諭吉の脱亜論であったり、第二次世界大戦後におけるGHQ支配などがあるのでしょうが、今もなおそれは続いている……というよりも、最近は特にその傾向が強いように感じますね。

テレビ番組などで、外国人のかたがたが日本のここが素晴らしい!と褒めちぎる内容の番組を最近よく目にしますよね。あの手の番組で日本人を褒めてくれる「役」の外国人というのは決まって白人系の人になっています。

そしてアジア系のひとたちを出演させるときというのは、中国の公共交通機関などで並ばない人たちをうつして「中国では並ぶといった思いやりの心がないんです!でも日本ではみんながきっちり並びます!素晴らしいですね!」という風に、卑下する比較対象として出ることがほとんどです。

なんだかあさましく、むなしく感じてしまうのですが、そういった番組が乱立しているということはそれだけ視聴者が多いのでしょう。なげかわしくもありますが、そういった「民衆」こそが同性愛者にとっては最大の味方でもありますし、敵でもあるわけです。

少し話がそれてしまいましたが、欧米で同性愛を認める流れが加速している以上、日本だって必ずそれに追随していくことは間違いありません。なにせ、欧米がやることはカッコよくて先進的なものなのですから、真似をしないわけがないのです。

友人に同性愛者がいても47%の人は抵抗がない

もうひとつ特筆すべきことがあります。それは友人が同性愛者だった場合に抵抗がある、と答えた男性の平均が53.2%だったことです。これを日本語でいえば「男性の過半数が同性愛に抵抗あり」となりますが、裏を返せば「男性のほぼ半分は同性愛に抵抗がない」とも言えるわけです。

これはわたしが思っていた以上に高かった数字です。友人が同性愛者だったとしても、抵抗がないと答えた人が47%もいるのですから。だからといってその友人をパートナーとして受け入れるかどうかというのはまったく別の問題になってくるのはわかっているのですが、ゲイであることをカムしてもそのままの関係でいてくれるかもしれない、といったほのかな期待を持っても許されるのかもしれない、という気持ちにはなれますよね。

とはいえ……これは実際に同性愛者が身近にいない人に対してのアンケートだと思われます。書面では抵抗がない、と答えたにしても実際にその立場になったとしたら、その考えのままでいられるか?と言われれば、考えを変えてしまう人だって大勢いることでしょう。

同性婚が実現したとしても、制約は覚悟しておきましょう

このニュースを受けて同性愛を認めているひとが過半数もいる!やった!とバンザイするのはまだ早いと思います。渋谷区がートナーシップ証明書を発行したことが話題となりましたが、まだあれは現時点では「記念品」のような扱いであり、住民票や戸籍謄本などとは違い、法的な拘束力というのはほとんどありません。

実際に同性婚が行政公認で行われる日が来るのはまだまだ先のことでしょう。それに、ほんとうにその日がきたにしても一般的な男性と女性の結婚制度とはまったく別物であるであろうことは容易に想像がつきます。

いまでこそ結婚なんてしなくてもいい、と考える人が増えてきていますが、子供ができたら結婚すべきである、という考えが浸透している日本にとっては「結婚する=子供を生む」といった暗黙の了解があります。

少子高齢化が叫ばれるなか、日本政府としては日本という国を維持・発展させていくためには子供がどうしても必要になります。なにせ子供が生まれなければ人口が維持できなくなって、先細りになってしまい、国力が落ちて没落していくのは自明の理ですからね。

だからこそ今になって結婚するカップルに対していろいろな優遇をしようという流れになっているわけです。そうでなくても結婚制度には夫婦になったほうが免税される部分がふえたりなど、金銭面で負担が軽くなることが多いです。そんな中で、子孫を残すことができない同性愛者のカップルなんてのは国にとってはまさに「お荷物」になってしまうのが現実です。

もし同性婚が認められたとしても、それは優遇どころか同性愛税とも呼べるような税負担が増えることになるでしょう。子供を残して日本に貢献できないのなら、せめてそのぶん税金をより多く納めてくれ、というわけですね。

制度にこだわらず、自由な恋愛を楽しむのもアリ

どうしても同性愛者の未来をかたってしまうと政治的な話題が多くなってしまうのですが、そんな小難しいことはどうでもいいよ!いまはとにかく好きな人と一緒にいられればいい!という人も多いことでしょう。

同性愛者の中にだって、自分の同性愛を自分が認めて欲しいひとが受け入れれてくれればそれで満足、という狭い範囲で完結する人もいれば、自分の同性愛だけではなく全世界の同性愛者が不自由も差別もなく暮らせる社会を目指したい!というとても広い範囲での理想を持っている人だっています。

でもそれは、どっちだって正しいし、どっちも素晴らしいんです。どちらがより優れているか、といったものさしはありません。それに、今は少しずつであっても確実に過去よりは同性愛にとって理解がすすんで過ごしやすい環境になっています。

これまでもこれからもマイノリティであることは確かかもしれませんが、だからこそ同性愛者同士の出会いというものを大事にしたいですね。なにしろ同性愛者のことを一番よく知っているのは、同性愛者同士なのですから。